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そう!こんな感じ!近いっ!
 奇跡!奇蹟!輝石!目の前でキセキを目にした瞬間だった!

 『井手孤独』をみた。私のダンス鑑賞において、その是非を測る基準は、自分が踊りたくなるようなダンスか、そうでないかによる。つまり、疼きが起こるかどうかである。今日の井手氏の踊りは、余裕で前者であった。むしろ、私の舞踊欲概念を通り越して、ずぅっっっと向こうのほうまでいってしまったような気がした。実際に、今回の舞台セットともなった柔道の赤い四角く囲ってあるボーダーラインは、ポストトークでも彼が言っていたように、それは彼のあらゆる境界線であると。それは、私にとってのコンテンポラリーダンスの境界線を超えさせたボーダーラインでもあった。
 彼は、私のイメージする日本人特有の典型的なボディーの持ち主であった(短足でぽっちゃり)。しかし、舞うわ飛ぶわ、その様蝶の如し。ダンスにおいて、体は作り上げられてなんぼのところがあるが、、、いやはや!私の好きなありのままが、彼にはあった。「踊りに体系は関係ありません」そだそだ!ごもっとも!
 この作品には、日本特有の出し物や小道具が多く出てくる。炊飯器や柔道着、芸者カツラなどなど。笑ったのが、踊り始めに引っ越せおばちゃんが出てくるところだ(奈良で実際に起こった事件、おばちゃんが布団たたきながら引っ越せを連呼するという騒音問題事件のこと)。そして、『俺』っと書かれた巨大掛け軸や、終盤に急にベルバラの歌を歌いだすなどなど、エンターテイメント性もばっちり!あれで井手氏がどういった人なのかを十分すぎるほど見せつけ、しかも彼独特の力強く流れるようなダンスもカックイイ!笑い、クール、斬新、型破り、そしてキセキ!伊藤キム、白井晃もびっくりだろう(劇場で遭遇してこっちがびっくりであった)。

 ごっちゃ混ぜにして腹を壊しそうになるような踊りが踊ってみたい。しばしの井手茂太のよふに。。。
# by sacuraface | 2005-05-29 03:29 | 踊りましょ@
サクラフェイスとは、、、犠牲である。ん?!

 わたくしのこのブログ名サクラフェイスとは、犠牲という意味らしい。

 土方巽はいった、
    
   「サクラフェイス(犠牲)はあらゆる作業の源にあるものであり、
    ダンサーはその特質を体験するために放たれし落とし児である。
    ―それゆえダンサー達は先ずさらし者にされなければならない」
 
  と。なーんかこの言葉に、土方巽かっくいーなー、やっぱって思ったんだよ。
 サクラフェイスは、さらし者の肉体ことなのか。いや、さらし者にされた者の内面の闇ではないだろうか。自分の肉体をさらけ出し、ダンスをすると、その人の心の内側のすっっごく底の方まで、えぐり返した様に見えるときがある(上手なダンサーには、必ずそれがある)。それは、醜くもあり、同時に、それが美しいのだ。そう思える心ってやっぱ大事だと思う。だからこそ、尚の事踊ってて気持ちいいと思えるし、自らもってしてサクラフェイスに対する喜びみたいなのを感じるのです。むむむー・・・zzz
 

↑これもある意味サクラフェイスなのだろうか・・・つべこべ言わずにぃ、、今年もおよぐっぞ!!
 
 今年もまた夏が来る・・・。
# by sacuraface | 2005-05-17 02:19 | 踊りましょ@
酒と煙草と・・・のどの痛み

 ざわわ、がやがや、わはわは・・・。今日もまた眠らぬ街、東京の夜がやってきた。

 今更だが、今日初めて六本木ヒルズに行ってきた。東京は、場所によって様々な表情を持っているが、六本木は、渋谷や新宿とはまた一味違った表情がある。どちらかというと、新宿よりも、ビジネス街率が高いところで、かといってセクシーなねーちゃんや、御洒落な若者もいる。渋谷や新宿よりも落ち着いていて、大人な印象を受けた。独りでに出没する超高層ビル、、、の狭間に垣間見える六本木人が織成す居酒屋やクラブ。その不思議な東京ならではの光景に、人が街を作っていくのか、はたまた街が人を作っていくのか、なんてことを考えた。

 そもそもの目的は、森美に行くためであった。現在行われている『秘すれば花―東アジアの現代美術―』、『ストーリーテラーズ―アートが紡ぐ物語―』を見ろという課題があり、まぁそんなこともない限り、これらの展覧会には行かなかったので、いい機会だと思った。しかし、思ったより意外と刺激があって面白かった。それぞれのインスタレーションが斬新で、かなり興味をそそられ、興奮した。只意外と作品の量が多く、特にストーリーテラーズの方は、映像作品が多く、一つ一つちゃんと観ていると、しまいに頭が痛くなって疲れた(もともと風邪気味だったので尚更だ!)。
 

 ↑はアルマーニ。行きたかったが、体力的に限界だったのでやめた。
 なんといっても、見晴らしが凄いわけだ。森美自体結構高いとこにあるから、360°東京を一望できるのだが・・・あんましいい気分ではなかった。見渡す限りビルビルビル。こうも人工的過ぎると恐怖すら感じる。でも夜景はきれいだったっす。でも、ふと気付けばアベックに囲まれていた私たちでした。

 ↑東京タワーがあんなにちっさいなんて。。。いずれヒルズも見下ろされるようになるのかな。

 
# by sacuraface | 2005-05-15 02:51 | tokyo発!!
写真撮ろ!ってすぐ影響されちゃうんだもの、俺って。

 今日写真美術館に、『村の写真集』という映画を見に行った。
この映画が気になった大本の理由は、藤竜也が出ていたからだ。後、原田知世も。

 藤竜也という男に惚れたのは、『アカルイミライ』でだった。
誰だ、このイカシタおやじは。調べると、大島渚ちゃん、崔洋一っちゃんをはじめとした大物監督作品に出ているではありませんか!しかも北京生まれという興味をそそる経歴の持ち主。この映画でも彼は、見せてくれました。田舎の頑固オヤジというベタな設定で、ストーリー展開も先が読めちゃうベタベタだけど、彼の演技と徳島の村の自然美がストーリーを際立たせてくれた。

 その瞬間、映画でしかできないものと成ったのだ。

 徹底した頑固なのだけれど、藤竜也の怒ったときの顔がどことなく可愛らしくて、憎めない。
それがまた、うちのおやじとどことなくシンクロして、懐かしい気持ちにさせてくれたのだよ(最近帰ってないからなぁ)。また、徳島の村々の景色にも親近感が湧いて心が温かくなった。
 不意打ちを食らったかのようにラストで、登場する原田知世。その時、ふいに涙腺が緩んで、涙が私の頬を伝った。原田知世は、俺の最も好きな女優だ。ブレンディーのCMを観て、遂オガワ(近所のスーパー)に走ったのは、さすがにやり過ぎだと思ったが・・・・。彼女の存在感は今もなお健在なのだということの喜びの涙もあったのだろう。たった少しの出番なのに、ストーリー全体を締めくくった彼女の存在感、そして演技力には感服させられた。(ネタバレしてんのかな・・・) 

 泣かせることを売りにしている映画は嫌いだ。最近何かと、20回泣きましたとかって、泣いた回数を競い合ってるけど、そんな今の映画の実情に、涙だよ。だって、そんなことで映画が成り立つのって虚し過ぎると思いませんか。泣くなら、現実で泣け!ってね。映画の本質が、泣く回数に侵食されて、さぞゴダールも涙していることだろう。(毒を吐くときりがないのでここらで止める)って俺も結構映画で泣きますけどもね。別に泣くなとはいってないわけです。
 んー、この話は又別のお話・・・・・。
 
# by sacuraface | 2005-05-06 00:28 | 自腹じゃ!!
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